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チョコドーナツの読み聞かせボランティア記録

子どもたちへのおはなし会の記録です

おはなし会の記録(小学校や児童館等での絵本読み聞かせ、紙芝居、素話など)

高楼方子さん講演会

読み聞かせボランティア・ステップアップ講座として、今年は児童文学作家の高楼方子さんをお招きすることができた。

お話への思い ~朗読をまじえて~

 

『まあちゃんのながいかみ』

まあちゃんのながいかみ(こどものとも絵本)

「私の作品のなかで一番知られているのは、これだと思います」

高楼方子さんの本名は「まさこ」で、子どもの頃は「まあちゃん」と呼ばれていたそうだ。だから、この「まあちゃん」シリーズのまあちゃんは、高楼方子さん自身なのだ。

 

『まあちゃんのまほう』

まあちゃんのまほう(こどものとも絵本)

 

 1992年に「こどものとも」としてかかれた絵本。これは、再読を促す絵本だ。

 初めはタヌキがどこかに隠れている。そして、犬がどこかへ行っちゃったところから、タヌキが近づいてくる。本物のお母さんのエプロンが壁の向こうにちらっと見えていたり、タヌキが化けたお母さんのスカートの裾からは尻尾がちらっと見えていたり、注意して見ないと気づかない伏線がたくさんある。

 タヌキが化けたお母さんが部屋の中でやりたい放題やっている時に、ほんとのお母さんはどうして気づかなかったのかという訳も、ちゃんと絵の中に描かれている。(家庭菜園で働いていたからだ)

 このお話を書いたのは、高楼さんがお母さんになったばかりの頃。お母さんというのはちゃんとしていなければならないと思うものの「私だって好きなことして遊びたいのに」という気持ちもあった。そして、自分が子どもの頃は「お母さんがもっとハチャメチャだったらおもしろいのにな」という気持ちと「でも、ほんとにそうだったら困るだろうな」という気持ちと両方あった。そこから、本物のお母さんとタヌキが化けたお母さんが出てくるこのお話が生まれた。

 

『まあちゃんのすてきなエプロン』

まあちゃんの すてきなエプロン (こどものとも絵本)

 

 1997年に月刊「こどものとも」で出たものの、先の2冊と違って、これは長いことハードカバーでの発売がなかった。今年になって急に発売されることに。

 これは、膝の上にお子さんを乗せて読むか、せいぜい数人ぐらいで読むほうがいい絵本。

 高楼さんのお母様は昔、この絵本にあるような足踏みミシンで、よく手作りの服を作ってくれた。子どもの頃って、ポケットが大好き。内緒のポケットも作ってくれた。

 まあちゃんはこんな、ひと気のない森の中を一人で歩いて行く。危ないんじゃないか、悪いおじさんが出てこなきゃいいけど、って思ってしまうが、「こんなことできたらいいなぁ」という思いもある。

 動物たちがまあちゃんのポケットのハンカチを次々と密かに取っていってしまうが、犬(と鳥)だけは気づいている。取っていった動物は、犬に向かって「内緒、内緒」と合図をしている。

 シートに座ってお弁当を食べる場面で、二人のお友達はきちんと靴を揃えているが、まあちゃんだけは放り出してある。

 

 自分の子ども時代の思い出からお話を作っていくことが多い。斎藤惇夫さんに幼年童話を書けと言われて、考えたら、自分は小さい頃のことをとてもよく憶えているということに気づいた。1~2歳の頃のことから、幼児の頃、小学生の頃・・・と。根に持つタイプなのかも。嬉しかったことや楽しかったことだけでなく、嫌だったことや腹立たしかったことや大人への不信感など。子どもの頃は言えなかったけど、大人になってから「あの時ああ言ってやればよかった」と悔しく思うこともある。

 「子どもが好きか」と聞かれると、答えられない。だって、子どもの中には意地悪な子や乱暴な子もいっぱいいるから。自分が子どもの頃そういう子どもも周りにいたから。

 

『つきよの3びき』

つきよの3びき (童心社のおはなしえほん) 

 これは岡本順さんありきの絵本。岡本順さんの『きつね、きつね、きつねがとおる』という絵本がとても気に入って、編集者にそれを話したら、岡本順さんに伝えてくれた。そうしたら、岡本順さんから夜の動物たちの絵を描いた絵葉書が届いた。

 こんな動物の話を書いて岡本順さんに絵を描いてほしいと思って作った絵本。

 

『とおいまちのこ』

とおいまちのこ

 6年生の時に函館から東京に転校したときの思い出。転校した先の子どもたちに函館のことを聞かれて、何気ない街の風景、並木のことや坂のことやギーッと音がしたドアのことなどの記憶がわーっと押し寄せてきて、「もうあそこには帰れない」と思った。新しい友達と一緒に函館に行けたら楽しいだろうな、とも思った。

 そんな思い出から、「架空の町から来たかわいい女の子」を主人公にしたお話を作った。絵は、フランスで10年暮らした姉に描いてもらったので、「遠い町」は函館のようでありフランスのようであり。 現実をそのままではなく、磨き上げていくと、非現実になる。

 子どもの頃、姉と二人で、いつも広告の裏に絵を描いて遊んでいた。自分では描けないけど、姉だったら描けるから「とおいまちのこ」を描いてもらった。

 

『おーばあちゃんはきらきら』

おーばあちゃんはきらきら (福音館創作童話シリーズ)

 おばあさんだとまだ近すぎる。90歳ぐらいの、現実からはみ出してくらいのひいおばあちゃんがいい。思い出の中から光っているものを取り出して書くが、そのままでは普遍的にならないので、磨き上げていく。

 高楼さんは好きな歌をノートに書き留めている。 大好きな大西民子さんの歌に

妻を得てユトレヒトに今は住むといふ ユトレヒトにも雨ふるらむか

というのがある。出ていった夫のことをうたったのだが、実際は”ユトレヒト”ではなく、新小岩だかどこだか、もっと身近なところだったそうだが、それを”ユトレヒト”というどこかわからない遠い国をイメージする言葉に変えたことにより、この響きによって、美に昇華した。 だから、本当のことでなくてもかまわない。

 『おーばあちゃんはきらきら』に書かれている話はほとんど高楼さんの子どもの頃の思い出からできている。

 

『わたしたちの帽子』

わたしたちの帽子

 出久根育さんの展覧会を見に、銀座の古いビルに行ったことがある。その時「このビルにはいろんなことがあったんだろうな」と思ってお話を作った。もちろん絵は出久根育さんに描いてもらった。

 この女の子たちは、少しずつ少しずつ親しくなっていく。

 元気な女の子(長くつ下のピッピのような)が主人公の物語が多いが、おとなしい女の子が主人公でもいいじゃないか。高楼さんもそんな女の子だったから。

 この不思議な女の子は過去の子なのか現在か。そして、最後は未来につながっていく。そんなお話。

 

『ココの詩』

ココの詩 (福音館創作童話シリーズ)

 1987年に出版されたもの。これが処女作。

 フィレンツェにいたときに、出版の当てもなく、ただ書いた。書き上げて、初めは福音館書店に持っていったら、「半分は書き直してもらわなきゃダメだ」と言われた。それでも斎藤惇夫さんは気に入ってくれていて「リブリオ出版の田中さんならわかってくれるかも」と紹介してくれた。リブリオ出版に行くと「書き直したら全然別のものになっちゃう。このまま出版しよう」ということになった。

 でも、出版したときにはすごく叩かれた。

「こんなものはファンタジーでも何でもない」「ヤクザなネズミ(ヤス)に騙される話だ」「こんなもの子どもに読ませるのか」

 でも、当時の小学生は大人になってから「当時ものすごいショックを受けた」とか「初恋の人はヤスだった」とかいってくれる人達がいる。 

 これはあの時だからこそ書けたもので、今ではとてもこんな話を書く勇気はない。

 先月、(リブリオ出版がつぶれたため)福音館書店から新装版が出版された。『時計坂の家』『十一月の扉』と一緒に3冊で。

 『ココの詩』だけは、姉が表紙を新しく書き直してくれた。構図は同じだが、前の絵は締め切り直前にやっつけ仕事で描いてものだったので、納得がいかなくて心残りだったのだそうだ。

 

『十一月の扉』

十一月の扉 (福音館創作童話シリーズ)

 

 「孤独であること」と「人と触れ合うこと」で、大人への扉を開く少女の物語。作中で主人公の爽子が書く「ドードー森」のお話は、ほとんど高校・大学時代に書いて、大学の時にレポートとして清水眞砂子先生に提出したものを再利用している。

 

ピピントムトム

ピピンとトムトム―怪盗ダンダンの秘密 (おはなしルネッサンス) 

 「男の子を主人公にしたお話はないのですか」という質問に対して、この本が紹介された。3巻まで出ている。

 

『紳士とオバケ氏』

紳士とオバケ氏 (ものがたりのもり) 

 「これは男の子じゃなくておじさんですね。子どもは出てきません」とのこと。このおじさんと、そっくりのオバケが不思議な友情を育んでいく。この話はゲイの人に人気があったりするらしい。

 教訓としては「ちょっとずつ世間に出るというのがちょうどいいということですねえ」

 

『老嬢物語』

老嬢物語

 最後に「まだ5分ありますよね」と、この『老嬢物語』から1話を朗読してくださった。石井桃子さんの話。

 高楼方子さんご自身の朗読だと、おもしろさも倍増する。

 今日読んでくださった絵本でもそうだが、本当に読み方が素敵。子どもの台詞は可愛い声だし、全体的に温かくて優しい声で、聞いていて心地良い。これは他の皆も絶賛していた。

 

 あっという間の2時間だった。