『妖怪とのつきあい方教えます』という演目での、富安陽子さんの講演会。
50代半ばの富安さんは、スリムで目がぱっちりした若々しい素敵な方。大阪箕面市から今朝飛行機でいらしたという。箕面市は自然豊かなところで、野生の猿も多く、富安さん自身「自動販売機でサルがジュースを買って飲んでいるのを見たことがあります」という話で、あっという間に場を盛り上げてしまった。
なぜ子どもの本を書くのか
「大人より子どもの方がずっと熱心な読者だと信じているから」だそうだ。
子どもは、気に入った本は何度でも何度でも読んでくれる。よく、図書館で、家にあるのと同じ本を借りようとしたりする。
子どもの本を書く難しさ
子どもの本を書いているのは大人だから、作り手と受け手のギャップが大きい。同じものを見ていても、大人と子どもは違うものとして見ているのではないか。
たとえば、富安さん自身の息子さんは5歳の頃「ゾウになりたい」と真剣に考えていたという。この子は動物園でゾウを見ている時は自分の将来像として見ていたのだろうう。
違う世界、違う時間の流れを持っている読者に向かって各難しさがある。
大人のほんと子どもの本はどこが違うか
子どもの本は読者の年齢に合わせて変わっていく。
3歳用の絵本、5歳用の絵本、小学生用の童話・・・YAまで、それぞれページ数、挿絵の入れ方、使える言葉、プロットの複雑さなど、まったく違う。
文章の量は原稿用紙で、
絵本:5~10枚
幼年童話:20~30枚
3年生用:60枚
4~5年生用:100枚(”シノダ”シリーズは250枚)
YA:450枚
富安さんは絵本からYAまで書いているが、そういう作家はそう多くはないそうだ。
『オニのサラリーマン』
この絵本を読んでくださった。これは、去年の初夢で見たお話だそうだ。夢にしてはあまりにも完成度が高いので、これは絵本にしなければ、と思ったという。
絵本は15場面が基本だが、15場面で終わるお話を書こうとは思っていない。そこから広がる広い世界を作りたい、何度でも遊びに来られる世界を描きたいとのこと。
ほら話が得意な家族の中で育った
両親と祖母、叔母のいる家だったが、皆(母以外)ほら話が得意だったそうだ。おばあちゃんは妖怪の話など怖い話をよくしてくれたが、それは「昔々あるところに・・・」ではなく、おばあちゃんの実体験の話として聞かされた。出てくる人の名前も地名も具体的で、怖かったけれど、聞きたくてたまらなかったという。
それから富安さんは、そのおばあちゃんの話してくれた妖怪の話や、お父さんやおばさんの話してくれたほら話をいくつも紹介してくださった。それが、どれもおもしろくて、皆大笑い。
話に出てくる妖怪たちとは、まるで近所付き合いをしているような感じだったそうだ。
素敵な楽しい家族に囲まれて育ったのだなあと思った。富安さんが不思議な楽しいお話を次々と生み出しておられるのも、こういう下地があってのことなのだろう。
どこからお話は生まれるか
金子みすゞの「ふしぎ」という詩に共感を覚えるとのことで、暗唱して聞かせてくださった。同じものを見ても、それを当たり前と思うか、不思議だと思うかで全然違ってくる。子どもというのは不思議を見つけるのが上手。
そして、富安さんの息子さんたちの小さかった頃の不思議エピソードをいくつも紹介してくださった。どれも子どもならではの見方、感じ方が表れていて微笑ましく、楽しかった。 そういうところからお話が生まれてくるのだという。
富安さん自身がお話を書き始めた原点は『メアリー・ポピンズ』。小4のときこの本にハマって、毎日空を見上げてはメアリー・ポピンズを探していた。でも、やがてメアリー・ポピンズの出てくる時代のイギリスの上流社会と、今自分の暮らしている世界との違いに気づき、愕然とする。
じゃあ、この世界から歩いていける身近なところで始まるお話を書きたい、と思ったそうだ。
富安さんはお話を書く前にプロットを組み立てて書くことはしないのに、書いているうちに不思議と全部がつながってくるのだという。伏線のつもりで書いたのではないのに、自然につながって収まると。
これはすごいと私は思った。そして、だから読み手にも伝わりやすいのだと思う。
いかにも「予め物語全体の設計図を書いて、綿密に計算して書きました」という感じの本もあるが、それはたいてい読んでいて頭が混乱してきて、何度も前に戻らなければならなかったり、パズルをはめることに集中しすぎて物語がうまく流れていかなかったりすることが多い気がする。
富安さんは、わざわざそういう風に頭で考えなくても自然に頭の中で壮大な物語ができていくのだろう。すごい。
神話と数学の融合がテーマだそうだ。神話と数学はどちらも「なぜこの世界はこんなにも美しく完璧につくられたのか」に関係しているという。数学が得意ではなかったとおっしゃる富安さんだが、いろいろな本を読んで勉強するうち、興味がわいてきたとのこと。
パソコンは使わない富安さん、今朝の飛行機の中でも執筆していたという、原稿用紙に書かれた『天と地の方程式』第3巻の書きかけ原稿を見せてくださった。
語り手としてもピカ一
富安さんは、作家としてのみならず、語り手としても素晴らしい方だとわかった。ほんとにびっくりした。
次から次へと楽しいエピソードを語って笑わせながら、伝えたい事をしっかり伝えている。穏やかで聴きやすい声と、原稿もメモも見ていないのに流れるように出てくる言葉。そして、初めにおっしゃっていたとおり、10分の質問時間を残してまさにピッタリと収めたのには驚いた。
本当に楽しい充実した1時間半だった。